食事や生活習慣だけでなく、人生のさまざまな側面を整える重要性を提唱し、クライアントの力を引き出すホリスティックヘルスコーチとして活動する松本雪子さん。
「ホリスティックとは、『全体』『包括的』『つながり』を意味します。生きがいを感じられることや情熱を持てる仕事、信頼できる人間関係、適度な運動習慣、セルフケアの時間、そしてお 気に入りの物に囲まれた住環境などが整ってこそ、真の『健康』といえるというのがホリス ティックヘルスの考え方です。私はこの考え方をもとに、心と体のバランスを整え、自分自身を好きになれるようサポートするコーチングを行っています」
多くの人を惹きつける自然な笑顔、全身からあふれるポジティブなエネルギー、そして健康的で軽やかな佇まいを持つ雪子さんですが、もともとは「すごく消極的でネガティブな性格だった」 というから驚かされます。
そんな彼女が、どのように意識を変え、現在のような心身ともに健やかで充実した毎日を手に入れたのか。そして、人生をまるごと変える、ホリスティックヘルスの魅力や可能性についてもお伝えします。
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子育てに苦しみ、心の限界を
迎えたオーストラリア時代
「自分に自信が持てず、自分のことが好きになれないまま、学生時代や社会人として過ごしていました」
そう語る雪子さん。大きな転機となったのは、結婚から1年後の2016年、お連れ合いの転勤で 暮らすことになったオーストラリアでの生活だったそうです。
「引っ越した当初、長男は生後4ヵ月。親や友人に頼ることもできない中、初めての子育てに加え、言葉の壁や環境の変化が重なり、本当に辛かったです。それでも、なぜか弱音を吐けず、どんどん自分を追い詰めてしまいました。その結果、心がぷつんと切れてしまった時期がありましたね。最初の2~3年は、本当に暗黒時代。記憶が曖昧になるほど過酷な日々でした」
今思えば、完全に産後うつの状態だったと振り返ります。
「これは今でもとても後悔しているのですが、自分の中に湧き上がる負の感情の行き場がなく、子どもにぶつけてしまうことがありました。当時、まだ0歳や1歳の息子たちに大きな声で怒鳴ったり、感情的に接してしまったこともありました。心が限界を迎えていて、夫にすらそれを吐き出せず、本当に苦しい状況でした。このままでは家族全員が不幸になると思い、何とかしなければと強く感じたことが、ホリスティックヘルスを学ぼうと決心した理由の一つです。『この状況を絶対に変える』と決意しました」
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現地に暮らす人たちが
教えてくれたこと
現状を変えたいと思い始めたとき、少しずつ目の前の景色も変わり始めたと言います。
「自分を見つめ直す中で視野が広がり、周囲を見渡せるようになりました。そのとき初めて、現地の人たちの生き方や在り方に衝撃を受けました。彼らは、肩の力が抜けていて、自分の『好 き』を自由に貫いている。こんなに楽しそうに生きている人がいるんだ、と驚いたんです」
雪子さんがぼんやりとベビーカーを押しながら散歩していたときのこと。海辺には、小さな子ど もからおじいちゃんおばあちゃんまでが水着になって寝そべっていたり、本を読んだりと、思い思いに過ごす姿がありました。また、公園では家族や友人とピクニックを楽しむ人や、スーパーでは音楽に合わせて踊りながら接客する店員さん......。誰もが、自分が心地よいことを思いっき り楽しんでいることに感銘を受けると同時に、『本当の幸せや健康って何だろう?』と深く考えるきっかけになったと言います。
その後、素晴らしい出会いに恵まれ、あたたかな仲間とつながった雪子さん。
「彼女たちからは、『母親としてだけでなく、自分自身の人生も大事にしていいんだよ』ということを教わりました。実際に、現地のママたちは普段はTシャツにレギンスやショートパンツ、 ノーメイクといったラフなスタイル。でも、イベントやパーティーでは見事にドレスアップして、 華やかに着飾るんです。オンとオフの切り替えが見事で、それを心から楽しんでいる姿が本当に素敵でした。みんなで鬱々としていた私を誘い出して、いろいろなところへ連れて行ってくれたこと に感謝しかありません」
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広い視点で捉えるようになったら、
「真実」に近づいた
雪子さんは、2017年から米国人講師による一年間のオンラインプログラムでホリスティックヘルスの学びをスタートしました。
「動画や資料には字幕もついていて、空いた時間に自分のペースで進められました。子どもがお 昼寝している間に取り組めたので、とても学びやすかったです。ホリスティックヘルスを学んで一 番驚いたのは、『物事を広い視点で捉える』という考え方でした。それまでは、不調があるとそ の部分や表面的な症状にばかり目を向けて、『どう改善しよう』と必死でした。でも、ホリス ティックヘルスでは、『もっと他にも原因があるのではないか』と、広い視点で考えることを学びました」
例えば、頭痛がしたとき、多くの人は薬で対処しようとします。しかし、ホリスティックヘルスでは、痛みがあるということは必ずどこかに原因があり、それが何かしらの影響を及ぼしていると考えます。そして、まずは広い視点で「頭痛」を捉えることを重視します。 「『最近ストレスが溜まっていないか』『睡眠は十分とれているか』『人間関係で悩みを抱えていないか』など、さまざまな要因を探るんです。そのアプローチを知ったとき、『全体を見るって、 こういうことなんだ!』と感動したのを覚えています」
感情との向き合い方も、次第に変化していったといいます。
「ネガティブな感情が湧いてくると、以前の私は『こんなふうに感じる自分はダメだ』と自己否定していました。ポジティブであることが正しいと信じ込んでいたので、そうした感情を無理に変換したり、忘れようとしていたんです。でも、どんな感情も大切な感情なんですよね。ネガティブな感情もしっかりと味わい、受け入れることで、初めて次のステップに進めるということに気づきました」
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「今の自分で十分」 という気づきへ
ホリスティックな視点で物事を広く捉えられるようになった雪子さんの変化は、さらに続きます。
「私は本当に自分に自信がありませんでした。でも、自信って文字通り『自分を信じること』なんですよね。自信がなかった頃の私は、自分の『好き』や『やりたい』という感覚を信じ切れていなかったんです。代わりに、親や先生、メディアの言葉に頼ることが多かった。でも、自分の感情や感覚をそのまま受け入れて信じられるようになったら、状況が何一つ変わっていなくても、物 事の見え方が大きく変わりました。それに伴い、自分の考え方や行動も自然と変わっていきました」
自分の軸がしっかりと定まり、内側に深く向き合えたからこそ生まれた変化です。一方で、人は外部の評価に縛られてしまうことが少なくありません。メディアが描く「理想の人間像」や、他者からの称賛、承認ばかりを追い求めることが、結果として自分を苦しめてしまうのです。
「私も以前は、本音を伝えるのが本当に苦手でした。夫にさえ、自分のモヤモヤした気持ちを伝えられませんでした。振り返ってみると、『相手が嫌な思いをするかも』『傷つけてしまうかも』 『反対されるかも』と、相手の反応ばかりを気にしていたんです。結局、『嫌われたくない』という思いが根底にあったんですよね。それに加えて、自分の足りない部分ばかりに目が行き、不足感 から『もっと勉強しなきゃ』『スキルを上げなきゃ』『資格を取らなきゃ』と焦ることもありました。でも、本当は『今の自分で十分なんだ』と気づくことが大事です。自分が存在するだけで 価値がある。それを世界中の人が理解できたら、きっともっと良い世の中になると思います」
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心だけでなく
体への向き合い方にも変化が
心が整っていくと同時に、体への向き合い方も変わっていったそうです。
「ずっと、自分の見た目や体型にコンプレックスを感じていました。そんなに太っていたわけではないけれど、『もっと細くなりたい』『もっときれいになりたい』と、他人と比べてばかり。 ダイエットや体重を減らすことが目標になっていて、たとえ達成しても、虚しさが残るだけでした。でも、ホリスティックヘルスを学ぶ中で、『健康はゴールではなく、出発地点』という考え 方に出会いました。健康的で心地よい体を手に入れたその先に何を成し遂げたいのかを明確にすることが、本当に大切だと気づいたんです」
以前の雪子さんは、やりたいことがあっても、体が追いつかない状態でした。
「常にだるくて、子どもと一緒に寝落ちしてしまい、自分の時間を作りたくても持てない。運動しようと思ってもダラダラしてしまうばかりでした。でも、ホリスティックヘルスの学びで知ったセルフケアを取り入れ、睡眠や運動、食事の習慣を見直すことで、内側からエネルギーがあふれる体を作れるようになったんです。今では、そのエネルギーを使って、自分が思い描いたビジョンに全力で取り組めています」
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全体を見渡す
大切さを伝えて行きたい
雪子さんがホリスティックヘルスの学びで得た、「すべてがつながっている」「全体を見る」 という考え方。一方で、現代の日本では、瞬間的なことや部分的なことにフォーカスしがちな傾 向があります。たとえば、YouTubeのダイジェスト動画を見たり、忙しさの中で効率を重視して一 部分だけ切り取るのが主流となっています。その結果、全体のバランスを俯瞰して捉える機会が失われつつあります。
「私も会社員時代は、時間を効率的に使い、コストを抑えることが最優先の環境の中で、『部分的な効率』に囚われる日々を過ごしていました。その中で忙しさや精神的な不調を感じることも多く、『このままでいいのだろうか』と考えるようになったんです。本当に大切なのは、スローダ ウンして『本当に必要なものは何か』『自分はどうありたいのか』を見つめ直す時間だと気づきました。でも、立ち止まるのは怖くて、目の前のタスクに追われながら『そんな暇はない』とひた走り続けていたんですよね」
雪子さんが結婚や出産を経て始まったオーストラリアでの生活で、ようやく立ち止まる機会を 得ることができたことは、ある意味で運命が導いた大切な時間だったのかもしれません。
「不調のケアも、薬や人工的な方法に頼るのではなく、植物の力や自然な方法を取り入れるほう が、人にも地球にもやさしいと思います。食事や生活の仕方も地球と深くつながっていて、私たちは地球に生かされている存在だと感じます。だからこそ、ホリスティックヘルスコーチとして『自分だけ』ではなく、全体のバランスを見渡す大切さを伝えていきたいです」
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もっと自分全開で生きていい!
自分らしい人生を築く、
ホリスティックヘルス
このように、雪子さんの人生をまるごと変えた、ホリスティックヘルスとの出会い。
「よく『そんな過去があったなんて想像できない』と言われますが、以前の私は幸福度が-100%くらいの状態でした。根っからのマイナス思考で、物事を悪い方向にばかり考えてしまうタイプ だったんです。それが、視点を変えたことで心がどっしりと安定しました。コロナ禍や不安な ニュースが多い世の中でも、揺さぶられない軸ができたんです。それは、『自分にとっての幸せ』 を明確に持つことができたからだと思います」
以前は、成功している人を見ては「いいな」「あっちも素敵だな」と心が揺さぶられることが多かったそうです。
「人や物事に対して勝手に『良い』『悪い』と判断して、自分を苦しめていたんだと気づいたんです。そのジャッジを手放したことで、生きるのが本当に楽になりました」 これは、外側に幸せを求めるのではなく、内側に幸せを見出したからこそ得られた変化そのも の。まさに、雪子さんがホリスティックヘルスコーチングの根幹として掲げている考え方です。
かつてのご自身のように、不安や迷いにもがいている人たちに、自分自身を見つめ直すきっかけを提供し、心と体のバランスを取り戻す手助けをしたいと語る雪子さん。最後に、こんなメッセージを届けてくれました。
「自分が幸せで健康であること。その上で、心から溢れ出たものを他者に分け与えることこそが、本当の意味で他者に尽くすことだと思います。だからこそ、自分をもっと満たしてもいいし、それに罪悪感を抱く必要はありません。そうすることで、健康を出発点に、自分らしい人生を築いていけるのではないかと思います」
多くの人に希望と癒しをもたらすその言葉には、雪子さんの誠実で真摯な生き方がにじみ出ていました。
雪子さんを幸せへと導いたホリスティックヘルスの叡智が、より多くの人々に届きますように。そう願ってやみません。
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取材・文/村山ともみ 撮影/矢部ひとみ